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AUTO-MOD列伝
AUTO-MOD列伝 YUKINO ♂(ギター)



AUTO-MODのメンバーの中でジュネとの関わりが一番深く、その付き合いも一番古いが、以外とジュネと演奏を共にした時間は少ない。
形としては一番新しいメンバーと言う事になって居る。


YUKINOは元々世田谷の地元で有名な少年テロリストだった。


中学時代東京ロッカーズによる第一期パンクムーブメントに出会い、特にリザードに深い感銘を受け、リザード親衛隊であるリザードアーミーに参加。
モモヨの言葉にだまされ、成田空港反対派農民支援農業作業支援作業にまで参加した、純粋ピュアーPUNK少年である。

生粋のリザードファンであるYUKINOは、AUTO-MODがバックで演奏したモモヨ&リザードの演奏も見ている。

YUKINOがジュネの前に現れたのは1985年頃当時ジュネが中心となりインディーズシーンを揺さ振った、ポジティブパンクシーンの後続バンドGARAのベーシストとしてだった。

GARAはその結成が遅かったので、ジュネの目に留まるのも遅く、残念ながらメインストリームで活動する事はなかったが、ジュネを始め関係者総てが絶賛したバンドだった。
又当時AUTO-MODのギターの友森昭一がサポートで参加したバンドでもあった。

当時のYUKINOは、ジュネとバックバンドと言う商業的においを強く発するAUTO-MODを毛嫌いしていたようだが、ジュネも同じ意見なので特に問題は無いと思われる。


その後1986年シュールリアリスティックメン(後のSUR)にベーシストとして参加、1987年より後にジュネ・ロックオブロマンスのベースとなる岩嶋善人がベースボーカルとなった為ギターに転向、以後ギタリストとして今日に至る。


1990年にはEX-ANSに参加、ビジュアルシーンでも活躍。
以後数々のバンドを経て1998年に復活したAUTO-MODに参加するも、ジュネがヘビーロック指向を歩み出し、方向性の違いから一年後に脱退、元マダムエドワルダのジン(現ジニー)とゼウスマシーナを結成するもジンのおもり役に疲れ、ジュネの誘いもあり2004年に少しはましなジュネのおもり役に復帰。


YUKINOの復帰以来再びAUTO-MOD本来の姿を取り戻し始めたAUTO-MODは、2005年にイースタンゴシック宣言と共に日本人による新たなるゴシックミュージックの創造に着手。

パンク、ニューウェーブ、ポジティブパンク純粋培養のYUKINOの音楽性は今後のAUTO-MODの音に必要不可欠な物と成った。

そしていくつになっても衰えない、YUKINOの妖艶さは遂に化け物屋敷と成ったAUTO-MODにさらに妖しい花を添える事となった。

追伸的になるが、現在YUKINOはジュネのおもり役だけでなく、御大モモヨのおもり役までおおせつかり、わがままジジイおもり役プレーヤーとして最高の能力を発揮している。

実際とっても才能のあるアーテストである!!

今後ともジュネのおもり役が果たせる数少ないアーティストとして擦りきれない程度に頑張ってもらいたい者である!!









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